東京高等裁判所 平成11年(行ケ)393号 判決 2000年10月10日
原告 アイコム株式会社
代表者代表取締役 井上徳造
訴訟代理人弁理士 杉本勝徳
山崎和夫
杉本巌
被告 株式会社 アイコム
代表者代表取締役 清水勉
訴訟代理人弁理士 北村仁
弁護士 西村國彦
本山信二郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の求めた裁判
「特許庁が平成一〇年審判第三五二〇二号事件について平成一一年九月一七日にした審決を取り消す。」との判決。
第二事案の概要
一 特許庁における手続の経緯
被告は、登録第三一八九〇八〇号商標(平成四年九月三〇日に使用に基づく特例の適用を主張して登録出願、平成八年八月三〇日に特例商標として設定登録。本件商標)の商標権者である。本件商標は別紙に示すとおりの構成から成り、第四二類「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守、電子計算機による計算処理その他の情報の処理、電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守のコンサルティング、電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路・磁気ディスク・磁気テープの貸与」(本件役務)を指定役務とする。
原告は、平成一〇年五月二二日、被告を被請求人として、本件商標登録の無効の審判請求をし、平成一〇年審判第三五二〇二号事件として審理されたが、平成一一年九月一七日、「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年一一月一日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
(1) 請求人の引用商標
① 登録第二二六九八五三号商標(引用A商標)は、別紙に示すとおりの構成から成り、昭和六一年五月一五日に登録出願、平成二年九月二一日に設定登録がなされたものである。
② 登録第二六九八三八二号商標(引用B商標)は、別紙に示すとおりの構成から成り、平成二年二月二八日に登録出願、同六年一〇月三一日に設定登録がなされたものである。
③ 登録第四〇七一八二六号商標(引用C商標)は、別紙に示すとおりの構成から成り、平成一年一〇月二七日に登録出願、同九年一〇月二四日に設定登録がなされたものである。
④ 登録第二二六九八五四号商標(引用D商標)は、別紙に示すとおりの構成から成り、昭和六二年七月二〇日に登録出願され、平成二年九月二一日に設定登録がなされたものである。
⑤ 登録第二二六九八五二号商標(引用E商標)は、別紙に示すとおりの構成から成り、昭和六一年五月一五日に登録出願、平成二年九月二一日に設定登録がなされたものである。
そして、①~⑤の指定商品は、いずれも旧第一一類「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)電気材料」とするものである。
⑥ 登録第九一二九一六号商標(引用F商標)は、別紙に示すとおりの構成から成り、旧第一一類「電気機械器具、電気通信機械器具、その他本類に属する商品」を指定商品として、昭和四四年六月一九日に登録出願、同四六年七月二九日に設定登録がなされたものである。
⑦ 登録第二五九三二二一号商標(引用G商標)は、別紙に示すとおりの構成から成り、旧第一一類「電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路、同磁気ディスク、同磁気テープ、同光ディスク」を指定商品として、平成一年一二月二〇日に登録出願、同五年一〇月二九日に設定登録がなされたものである。
(2) 原告(請求人)の主張
(2)―1 本件商標は、商標法四条一項一一号に該当する。
本件商標と引用A商標~引用D商標、引用F商標とは、その指定役務と指定商品とが類似するものであって、商標も類似するものである。
① 役務と商品の類否に関して
本件商標に係る役務、例えば「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」が提供される場合は、磁気ディスクやCD-ROM等のプログラム記憶媒体を介して提供されることが一般的である。
したがって、本件商標の指定役務が提供されるときに用いられるプログラム記憶媒体と、引用A商標~引用C商標の指定商品中の「電子応用機械器具である電子計算機(中央処理装置及び電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路、磁気ディスク、磁気テープその他の周辺機器)」とは類似するものである。
また、第九類「プログラムを記憶させた磁気ディスク」と第四二類「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」の役務は、添付した新聞・雑誌の記事等(審判甲第一二号証)に見られるように、商品としての電子応用機械器具若しくは電気通信機械器具の記事と、役務としての電子計算機のプログラムに関する記事は、共通の新聞の紙面若しくは共通の雑誌に掲載されることが多い。例えば、コンピュータ技術者向けの月刊誌である「インターフェース」誌のソフトウエアに関する特集記事が掲載された別冊付録に、原告の広告記事が掲載されている。
また、マイクロコンピュータ総合誌なる月刊誌「ASCII」にはアマチュア無線のハムフェアに関する記事が詳細に紹介されている。そこには、原告を始めアマチュア無線関係の各社の商品等が紹介されている。また、会社人事・機構改革の紹介記事や役員人事の紹介記事においては、原告である「アイコム株式会社」は「情報・通信」の分類若しくは「電機」の分類に掲載されている。また、システムハウス関連や各種ソフトウエアの紹介記事と同一紙面に原告である「アイコム株式会社」の新商品の紹介記事が掲載されている。
このようなことからも、商品「電子応用機械器具若しくは電気通信機械器具」と、役務「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」は、相互に類似する商品・役務といえる。
現に、原告が、旧第一一類(新第九類)において出願した、引用G商標は登録されている。すなわち、電子計算機のプログラムを想起する「ソフト」なる用語は、旧第一一類(新第九類)の分野においても、商品として極めて一般的に流通しているものであり、旧第一一類(新第九類)の「電子応用機械器具」、「電気通信機械器具」と、第四二類の「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」とは、商品と役務の用途が一致するなど、明確には分離できない類似する商品・役務であるといわざるをえない。
すなわち、「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」なる役務が提供される場合も、「電子計算機による計算処理その他の情報の処理」なる役務が提供される場合も、「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守のコンサルティング」なる役務が提供される場合も、「電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路・磁気ディスク・磁気テープの貸与」なる役務が提供される場合も、電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路、同磁気ディスク、同磁気テープ、同光ディスクを介して提供されることが一般的である。
したがって、本件商標の指定役務は、引用A商標ないし引用D商標、引用F商標の指定商品と類似するものである。
② 外観・称呼・観念の類否について
本件商標は、折れ線で区分された前半部分の「AIcom」なる部分からは「アイコム」若しくは「エイアイコム」なる称呼を生ずる。本件商標は、折れ線によって前半と後半とに分離されているので、本件商標は、外観上その前半が後半より注目されることは明らかである。
したがって、本件商標からは「アイコム」なる称呼を生ずると認定できる。
他方、引用A商標~引用D商標、引用F商標からは、いずれも「アイコム」の称呼が生ずる。
したがって、本件商標と引用A商標~引用D商標、引用F商標は、称呼上類似する。
また、本件商標と引用A商標~引用D商標、引用F商標は、外観上類似する。
したがって、本件商標は引用A商標ないし引用D商標及び引用F商標と類似するものである上に、本件商標の指定役務は前記引用各商標の指定商品と類似するものである。
(2)―2 本件商標は、商標法四条一項一〇号に該当する。
引用E商標、引用D商標は、本件商標の出願の日前において既に周知の商標である。
引用E商標、引用D商標は、添付した新聞・雑誌の記事等(審判甲第一〇号証)によれば、本件商標の出願の日前において既に周知の商標である。
審判甲第一〇号証は、いずれも本件商標の出願前の日付であり、電波新聞や日刊工業新聞に限らず、日本経済新聞や朝日新聞等の一般的な日刊紙にも頻繁に引用E商標、引用D商標、及び「アイコム株式会社」の関連記事が記載されており、原告の商号商標である引用E商標、引用D商標は、本件商標の出願前から既に周知であったことを証明している。
特に、大阪証券取引所の二部上場に当たっては、頻繁に「アイコム株式会社」に関する記事が掲載され、当業者に限らず広く一般社会に認知されるに至った。また、原告の代表者が日本アマチュア無線機器工業会(JAIA)の会長に選任されたこともあって、さらに、広く認知されるに至った。二部上場の後は、審判甲第一一号証に示すように、今日に至るまで、各紙の株式欄には継続して株価が紹介されていることはいうまでもない。
また、審判甲第一四号証によれば、一九九四年(平成六年)一月号から一九九七年(平成九年)一月号のアマチュア無線に関する月刊誌「CQ Ham Radio」、及び一九九八年(平成一〇年)三月号のマイクロコンピュータに関する月刊誌「DOS/V magazine」には、原告のアマチュア無線機器に関する広告記事が、引用E商標、引用D商標とともに掲載されている。また、一九九七年(平成九年)八月号、及び一九九八年(平成一〇年)三月号のマイクロコンピュータに関する月刊誌「DOS/V magazine」には、原告のアマチュア無線機器に関する広告やそれらの機器を制御するためのプログラムを記憶させた磁気ディスクの広告記事が、引用E商標、引用D商標とともに掲載されている。また、一九九七年(平成九年)九月号、及び一九九八年(平成一〇年)三月号のアマチュア無線に関する月刊誌「CQ Ham Radio」には、原告のアマチュア無線機器に関する広告やそれらの機器を制御するためのプログラムを記憶させた磁気ディスクの広告記事が、引用E商標、引用D商標とともに掲載されている。
したがって、引用E商標、引用D商標は、本件商標の出願前から現在に到るまで、需要者の間に広く認識されていることが明らかである。
そして、本件商標は、これらの周知の商標と類似する商標である。
(3) 被告の主張
被告は、要旨次のように答弁した。
(3)―1 商標法四条一項一一号について
本件商標の指定役務と引用A商標ないし引用D商標及び引用F商標の指定商品は非類似であり、当該役務と当該商品との間には、いずれも類似関係がないから、出願・登録の前後関係あるいは商標の類似関係を検討するまでもなく、本件商標が商標法四条一項一一号の規定に該当するものとすることはできない。
(3)―2 商標法四条一項一〇号について
本件商標の指定役務と、原告が掲げる引用D商標及び引用E商標の指定商品は、明らかに非類似である。したがって、その余の点を検討するまでもなく、本件商標は、同一類似の商品・役務に対して適用される商標法四条一項一〇号の規定に該当しない。
引用D商標及び引用E商標が周知か否か、被告は不知であり、仮に周知であるとしても、指定商品中いかなる商品について周知なのか、原告はこれを示すことがなく、また、いずれの証拠によっても、周知性を認めることができず、原告主張は、失当である。
(4) 審決の判断
(4)―1 商標法四条一項一一号について
本件商標は、平成四年九月三〇日に出願されたものであるが、商標法等の一部を改正する法律(平成三年法律第六五号)附則四条二項によれば、この法律の施行の日(平成四年四月一日)から六月間にした役務に係る商標登録出願については、新法四条一項(一一号及び一三号に係る部分に限る。)及び八条一項の規定は、適用しない、とされているから、本件商標が、商標法四条一項一一号に該当するとする原告の主張は、無効事由にならない。
(4)―2 商標法四条一項一〇号について
本件商標は、別紙に示すとおり、「AIcom」と「AI&communication」の欧文字を折れ線によって左右に区切った構成から成るところ、構成中の「AIcom」の文字も独立して自他役務の識別標識の機能を有し、これより「アイコム」の称呼が生じるものである。
他方、引用E商標は、「アイコム」の文字から成り、また、引用D商標は、別紙に示すとおり、「ICOM」の「I」の文字の上に「○」を付した態様から成るものであり(以下、「引用D商標」及び「引用E商標」をまとめて「引用商標」という。)、これより「アイコム」の称呼が生ずるものである。
したがって、本件商標と引用商標は、外観及び観念の点を考慮しても、「アイコム」の称呼を共通にする類似の商標である。
しかしながら、原告が提出した審判甲第一〇号証~審判甲第一二号証、審判甲第一四号証及び審判甲第一九号証をみると、引用商標が「通信機器」に使用して周知であると認められるとしても、本件商標の指定役務と「通信機器」は、非類似のものである。また、原告は、本件役務と原告の業務に係る「プログラムを記憶させた磁気ディスク」等との類似性を主張するが、両者は、取引の対象、取引の形態、流通経路等を異にする非類似のものというのが相当である。
(4)―3 したがって、本件商標は、商標法四条一項一一号及び同一〇号に違反して登録されたものとはいえないから、本件商標の登録は、同法四六条一項の規定により無効とすることはできない。
第三原告主張の審決取消事由
一 審決が本件商標について商標法四条一項一〇号の該当性を否定したのは誤りであり、これに基づき本件審判請求を成り立たないとした審決は取り消されるべきである。
二 本件商標の指定役務(本件役務)、例えば、「電子計算機のプログラムの設計・作成」が提供される際には、磁気ディスクやCD―ROM等のプログラム記憶媒体を介するのが一般である。ところが、このようなプログラム記憶媒体は、引用商標の指定商品中の「電子応用機械器具である電子計算機(中央処理装置及び電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路、磁気ディスク、磁気テープその他の周辺機器)」に規定された磁気ディスク、磁気テープ等の商品と類似する。
上記の商品のほか通信機器を含む引用商標の指定商品と本件役務とは、
① 役務の提供と商品の製造、販売が同一事業者によって行われているのが一般であり(例えば、電子計算機の基本ソフトのバージョンアップ等の役務は、当該商品である電子計算機を製造販売した事業者と同一の事業者から提供されるのが一般的である。)、
② 役務と商品の用途が一致し(商品としての磁気ディスクも役務の提供に用いられる媒体としての磁気ディスクも、電子計算機を所定の目的に応じて動かすことを目的としているので、両者の用途は一致している。)、
③ 役務の提供場所と商品の販売場所とが一致し(商品としての磁気ディスクは、いわゆるパソコンショップ等の店頭で販売されることが多く、役務の提供に用いられる媒体としての磁気ディスクも、小型の電子計算機の場合とはパソコンショップ等で販売されることが多いから、販売場所と提供場所とは一致することが多い。)、
④ 需要者の範囲が一致する(電子計算機の利用者は、ハードウェアである電子計算機の購入と共に、商品としてのプログラムを記憶させた磁気ディスクを購入するし、電子計算機のプログラムの設計、作成又は保守のために、必要なプログラムやデータが記憶された媒体を購入するから、両者の需要者は一致する。)、
ので、取引の対象、取引の形態、流通経路等が一致し、両者は極めて類似性が高い。
三 よって、「本件商標の指定役務と「通信機器」は、非類似のものである。原告は、本件役務と原告の業務に係る「プログラムを記憶させた磁気ディスク」等との類似性を主張するが、両者は、取引の対象、取引の形態、流通経路等を異にする非類似のものというのが相当である。」との審決の判断は誤りである。
第四審決取消事由に対する被告の反論
本件商標の出願時においてはもちろん、本件商標の登録時においても本件役務と原告主張の商品は、明らかに非類似である。
① 原告の①の主張の根拠は、引用商標の指定商品の製造販売業者は、その保守のために役務を提供し、かかる役務は商品の製造販売と同一事業者によって行われているというものであるが、商品を製造販売した者が、該商品の保守のために一定の役務を提供すれば、それが同一事業者により行われるのは当たり前である。
② 原告の②の主張の根拠は、引用商標の指定商品も本件役務の提供に用いられる媒体としての磁気ディスクも、用途は一致するというものであるが、ここでいう一致は、商品の用途と役務の提供に用いられる物の用途の一致ではなく、役務自体の用途と商品の用途の一致である。
本件役務の用途は、所定の情報処理等を電子計算機で行うためのプログラムを設計・作成し又は保守することにある。一方、例えば原告主張の商品としての磁気ディスクの用途は、原告主張のとおり、電子計算機を所定の目的に応じて動かすことを目的としているのであって、両者の用途は明らかに次元が異なり、一致するとは到底いえない。
③ 原告は、③の主張において、本件商品の販売場所と本件役務の提供のために用いられる物品としての磁気ディスクの販売場所を、比較するにすぎない。物品としての磁気ディスクが一般に販売されれば、それは役務の提供ではなく、商品の販売にほかならない。商品としての両者の販売場所が一致するのは当然である。
④ 原告の④の主張については、需要者が、電子計算機とそのソフトウェアを購入するのは当然で、プログラムの設計・作成あるいは保守のための記憶媒体を購入することも当然である。これらのハードウェア及びソフトウェアは、すべて商品で、本件役務とは全く関係がない。
第五当裁判所の判断
一 原告が審決の取消事由として主張しているのは、本件商標について商標法四条一項一〇号の該当性を否定した判断部分の誤りである。審決は、原告が商標法四条一項一〇号に該当する引用商標として審判で主張したのが引用E商標、引用D商標(以下、合わせて「引用商標」)であることを前提にして、本件商標と引用商標とは「アイコム」の称呼を共通にする類似の商標であり、引用商標が「通信機器」に使用して周知であるとしても、本件商標の指定役務と引用商標の指定商品「通信機器」あるいは「プログラムを記憶させた磁気ディスク等」とは非類似のものであるとして、商標法四条一項一〇号の該当性を認めなかったものである。
ところで、これら引用商標の指定商品は旧第一一類「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)、電気材料」であり、原告は、これら引用商標が、「電子応用機械器具である電子計算機(中央処理装置及び電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路、磁気ディスク、磁気テープその他の周辺機器)」に規定された磁気ディスク、磁気テープ等の商品についても、本件商標の出願前から周知になっているとして、これらの商品のほか通信機器を含む引用商標の指定商品と本件役務とは類似するものである旨主張している。
二 そこで、まず、本件役務と引用商標の指定商品一般との類否について検討する。
本件役務は、「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守」等であるのに対し、引用商標の指定商品は旧第一一類の「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療器械器具に属するものを除く)、電気材料」であるところ、旧別表第一一類掲記の機械器具は多種多様なものにわたっており(現行では、第九類及び第一一類に含まれている。)、例えば、「電気機械器具」には、民生用電気機械器具として電気洗たく機、電気冷蔵庫、電気がま、電気掃除器等があり、また、「電気通信機械器具」には、放送用機械器具としてラジオ送受信機、テレビジョン送受信機があり、「電子応用機械器具」には電子計算機がある。そして、これらの機械器具には電子計算機のプログラムが格納されることが多く、今日において、マイコンチップに埋め込まれたプログラムは多くの電化製品に組み込まれて使用されていることは、当裁判所に顕著である。この場合において取引の対象、形態等の観点からみれば、電子計算機のプログラムがこれらの機械器具の部品に相当するものということができる。他方、これら機械器具に収められずに機能する電子計算機のプログラムも存在するのも事実である(甲第一四号証は、被告が提供する役務である「移動体管理配車支援システム」のパンフレットであるが、そこには、パーソナルコンピューター等の電気機械器具等を有機的に関連付ける電子計算機のプログラムの概念図が示されており、全体としてのプログラムは特定の機械器具のみに組み込まれるものでないことが明らかである。)。そもそも、電子計算機のプログラムはそれ自体で取引される性質を有し、例えば、原始的ではあるが、プログラムの内容を印刷して提供することもあり得るし、近時はインターネットを介してプログラムが供給される機会も多くなっているから、プログラムと電気機械器具等の供給が別個に消費者に提供される可能性も高い。プログラムの提供がその提供者自らの手によって電気機械器具等に組み込まれることもあり得る。電気機械器具等がパーソナルコンピューターのように汎用性の高い製品であれば、そのためのプログラムは機械器具との取引上の独立性は高く、プログラムと機械器具とは別個に消費者に供給される可能性は高まるということができる。さらに、本件役務のうち、「電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守、電子計算機による計算処理その他の情報の処理、電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守のコンサルティング」が、一般的には引用商標の指定商品とは別個に提供されるものであることはいうまでもない。
これらの事実関係からすると、本件役務と、引用商標の指定商品とは取引の対象、形態、流通経路を共通にする場合があり得るとしても、多くの取引の対象、形態、流通経路について共通するものではないというべきであり、一部共通する場合のあり得ることをもって、両者が直ちに類似するものであるということはできない。
三 次に、原告は、引用商標(原告が審判請求において商標法四条一項一〇号の関係で引用したのは引用E商標、引用D商標であり、原告がここで主張する引用商標はこの二つのものと理解すべきである。)は、「プログラムを記憶させた磁気ディスク等」という商品についても周知になっていることを前提にして、本件役務と引用商標に関するこれらの商品とは、①役務の提供と商品の製造、販売が同一事業者によって行われているのが一般であり、②役務と商品の用途が一致し、③役務の提供場所と商品の販売場所とが一致し、④需要者の範囲が一致する、と主張する。
なるほど、本件役務には、「電子計算機用プログラムを記憶させた電子回路・磁気ディスク・磁気テープの貸与」も含まれているところ、甲第五、第六、第八及び第九号証によれば、原告が主張するこれら①ないし④の観点からみて、本件役務と「プログラムを記憶させた磁気ディスク等」という商品の間において共通する場合もかなり存在することは否定することができない。しかしながら、原告主張の「プログラムを記憶させた磁気ディスク等」が流通することを予定している商品であるのに対し、本件役務のうち磁気ディスク等に関連するものは「電子計算機用プログラムを記憶させた……磁気ディスク……の貸与」であって、商品と貸与との相違があるし、前記二に説示したところに照らせば、共通しない他の取引態様も多く存在し得るものであるから、これら共通する態様のある点をもってしても、本件役務と、引用商標について原告が主張する商品とが類似するものと認めることはできない。
なお、引用商標が、通信機器から独立して、「プログラムを記憶させた磁気ディスク等」という商品について商標法四条一項一〇号で要件とされている「需要者の間に広く認識されている」ことを認めるべき的確な証拠もない。
四 付言するに、前示のとおり、今日において、マイコンチップに埋め込まれたプログラムは多くの電化製品に組み込まれるに至っているところ、電子計算機のプログラムの設計、作成又は保守などを始めとする本件商標の指定役務(本件役務)が広く旧第一一類の電気機械器具等の商品と類似するものとすると、電子計算機のプログラムを組み込んだ電気冷蔵庫、電子レンジ、電気洗たく機、電気がま、テレビ、ビデオデッキなど多くの家庭用電化製品の商品までもが、本件役務と類似するおそれが生じ得る。
本件役務の提供において電子計算機など電子応用機械器具等が使用されることがあり得るのはさきに説示したとおりであり、この際、電子応用機械器具等の商品の提供が、本件役務の提供と共に行われる場合も予想される。このような場合には、電子応用機械器具等の商品における商標の使用に着目して、電子応用機械器具等を指定商品とする登録商標権の侵害となり得ることが考えられるし、また、具体的な事案においては、電子計算機のプログラムの設計等の当該役務提供が電子応用機械器具等の指定商品と類似の範囲に属する役務に該当すると評価されることもあり得る。しかしながら、これらの点は、本件商標の登録性の有無を判断するに当たってされるべき本件役務と引用商標の指定商品との類否判断とは別次元の問題であるといわなければならない。
したがって、本件役務と、引用商標についての原告主張の商品とは非類似のものであるとした審決の判断に誤りはない。
第六結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 橋本英史)
<以下省略>